カラオケの得点マシーンてのがあります。以前テレビで、芸人さんとプロ歌手が競っていました。課題曲はプロの持ち歌です。どちらが勝ったでしょう。芸人さんの得点は93点、プロは92点。挑戦者の芸人さんは飛び上がって喜んでいます。そんなアホな・・・。
私は後味の悪い違和感のみが残りました。作曲家で今は亡き古賀正男先生がよく言ってましたね。「歌は心です。心の故郷です」。感動・感性・官能の世界を指すもので、意味深い言葉だと思います。
前置きが長くなりましたが、摩擦係数値の誤解です。
「摩擦係数値=滑り抵抗値」なのか?
滑りの世界でも、マシーン(測定器)の数字設定について、安心・確信・過信・誤信・不信等が渦巻いております。その背景には世の中の安全安心の義務化傾向があると思います。しかしながら「滑り」は官能的(感覚的)に感じるものであり、人の感覚で判断するのが最も正確であろうと思います。
とはいえ官能的に安全と感じ、かつ高い摩擦係数値であっても、敷設環境や耐摩耗性等により徐々に滑りやすい床に変化していくのは避けられません。「そんなんじゃ数字設定の渦巻きは、いずれ竜巻に発達しちゃうんじゃないの?」・・・残念ながら竜巻になりつつあります。
タイルメーカーはできるだけ摩擦係数値の高いタイルを作り、設計・ユーザーは安全と判断し多用する。間違いではありませんが・・・苦言を呈すると摩擦係数値がいくら高くても、感覚的に滑るものは滑るのです。
よって「摩擦係数値=滑り抵抗値」の方程式は、すべてには成立しないのです。
もう一つ苦言を呈すると、防滑施工をすると誰もが「何年持つ?」って必ず聞きますが、防滑施工が必要でないとされる摩擦係数値の高いタイルって、基本的に何年?持つんでしょうかね。
この「何年?」には深い意味があります。摩擦係数値は十数年以上安全数値を計測すると思いますが、「滑り」は場合によって一年足らずで滑りを感じ出すことも結構多いのです。
何かややこしくなってきたので、チィと話題を変えましょう。
200名の官能テストのプレッシャー
今から22年ほど前に、福岡県にある某橋の歩道の施工に携わったことがあります。元請さんは日本鋪道(現NIPPO)さんでした。
担当の課長さんが、当時まだ口ばしの黄色い私にASTMを使い、計測の手ほどきをしてくれましてね。「内藤さん、滑り止めの仕事をやるんだったらこの程度の計測器は持っとかんとイケンよ」って言うんです。高額過ぎて買えませんでしたが・・・。
幸い施工後のBPNが6回とも40以上を計測したのでホッとしましたが、計測後、その課長が妙なことを言い出すのです。「明日、200人の官能テストをやらんといけんようになっとる」。当時の私には何のことやらサッパリ理解できませんでした。
「何ですかその官能テストって」
「ん・・・知らんと?」
課長は私にA4サイズの紙を示しました。そこには官能テストシートと書いてありました。要するに、明日この歩道を通行される皆さんのうち200名の方に滑るか、滑らないかのアンケートのご協力をお願いすると言うのです。80%以上の方が安全と回答してくれないと、今回の施工は失敗ってことになると聞かされ、内心ドキドキしていました。
2日後、課長から電話が入りました。「内藤さんよかったね。198人が滑らんと回答してくれたよ」。ようやくホッとしましたが、2人は滑るって回答したのかな?何てなことを思いながらもようやく開放された気分でした。
今思えばASTMで計測した時より、官能テストのプレッシャーはキツイものがありました。本当にドキドキしたんですからね。しょうもない「落ち」となりますが、同じマシーンでもカラオケマシーンの方が何点出るか、少しはドキドキしたので「官能的」なんでしょうかね。
滑り測定値の不都合な真実
「官能テストは人が判断するので信用できない。その点、マシーン(CSR・ASTM)は正確に安全を数値で表現するから間違いがない」
・・・これは事実、官公庁及びそれに準じる機関、施設の管理責任者から過去幾たびも浴びせられた言葉です。
そしてこの言葉を裏付けるように、各所それぞれにCSR・ASTMといった計測器を所有し、定期的に摩擦の計測を実施しているようです。CSRの0.55や0.56もっと基準を上げようってんで、0.57以上の床材しか採用しないとかで頑張っていらっしゃる所もあるようです。
誠に結構なことですが、それでもスリップ転倒が発生し、裁判沙汰に発展するケースが後を絶たないのはなぜか?
高い摩擦係数値が計測されたら、滑り対策が万全といえるのか?施設は保全されるのか?
私的には言い訳材料を各所が作成しているようにしか思えません。残念なことですが、結果的に過去の裁判において摩擦係数値は参考にはされても重要視されていないのです。
摩擦係数値が高くても、滑るものは滑る
要は滑る滑らんが問題であって、裁判ではCSR・ASTMの数字は反映されません。裁判で優先されるのは官能テストとなります。すなわち、スリップを実証し得るのは人の感覚(官能)でしかないのです。よって、上の紹介した施設管理責任者の思考「〜その点、マシーン(CSR・ASTM)は正確に安全を数値で表現するから間違いがない」は、滑りの実証を否定していることになっているのです。
シンプルに理解してくださいね。摩擦と滑りは違います。
- 摩擦抵抗が大きいと滑りにくい?
- 確かにそうかも?
- 摩擦抵抗が大きくても滑るものは滑る?
- 確かにそうです!
床の表面や内部に蓄積された汚れ、油脂成分によっても滑り出し床の凸部の棘部分の摩耗、履物が変われば滑りも変わります。履物は何を履いても自由だし、消費期限もありません。
滑りは常に変化します。よって、上記のQ&Aはどちらも正しいのです。つねに変化する滑りに一定の基準を設定することは、極めて困難であるということです。だったら、どうすれば良いのか?ってことになりますが、決して難しい問題ではありません。
考え方として言えるのは、
- まず計測器を正しく理解すること
- 基本的に滑りの計測器に関しては、すべてにおいて官能テスト(実証)が前提にすること
です。
定期的に摩擦の計測を実施する際に、数字を記録するだけでなく、滑るか滑らんかの確認も合わせて実施し、正直に記録を残せばよいのです。摩擦係数値がいくら高くても、滑るものは滑るからです。そして高い摩擦係数値とは真逆に滑りを感じるのであれば、対策を打つべきでしょう。
摩擦係数値の高い床材が比較的に安全であるは誰もが承知のことです。仮に経年し磨耗が進むんだとしても、摩擦係数値は依然として高い水準を示します。
しかし、すでに滑りやすい環境下に置かれていることも承知しなくてはなりません。計測と官能テストをつねに併用する意味はそこにあります。各所施設には20年来提唱してきましたが、いまだ理解されていないような気がします。・・・┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~