【発展期:溶剤開発編】防滑市場の育成に半生をかけて
さて、前回までの記述が、私が溶剤開発に踏み切った経緯となります。
が、すでにこの段階で考案者のハードルを飛び越えてしまった(パンドラの箱を開けてしまった?)訳ですから、後が大変です。当時は、溶剤の開発もさることながら、何等ビジョンも無い私でしたからね。・・・(u_u。)・・・そこでまだ駆け出しの私がとった行動は・・・。
片っ端から床材を集める
平日は、バカチョンカメラを首にぶら下げ、中古で買った自転車に乗り、営業を兼ねて思い付くまま大阪市内を走り回りました。カメラに収めた写真を元にタイル業者、石材販売会社を練り歩き、手に入る床材を片っ端に掻き集めましたね。
事務所にしていたマンションの床が落ちやしないかと、片腕的存在である高森君が心配したくらいですよ。実際に敷設されている床材と向き合う事から始めようと考えたからです。
温泉地で勝手にテスト施工
土日になると車に乗って、各地の温泉場へ出かけては、小袋に忍ばせて持参した溶剤を、こそっとチョコチョコ塗ってテストしたり・・・。傍から見るとまさに「怪しげなオッサン」をやっていました。
ある日、里帰りを兼ね九州の雲仙に立ち寄ったんですが、その温泉場で新たな出来事に遭遇するんです。例の如く忍ばせて持参した溶剤でチョコチョコ塗ってみたんですが、滑りが止まりません。おかしいなぁと思い何度も塗ってみましたが、一向に何の反応もしないんです。
床材は一般的な御影石のバーナー仕上げで、表面に薄っすらとスケールが乗っている程度です。不思議に思いつつ、更に溶剤を塗り重ねましが何回塗っても全く反応しません。原因が掴めないまま一旦引き上げることにし、その足で実家に帰りました。
大阪へ戻ってから雲仙の温泉について調査を始めました。他の温泉と何が違うのか?温泉というのは其々に成分が違う?成分の何が滑り止めの阻害になっているのか?陽イオン?陰イオン?溶存ガス成分?非解離成分?
全てが???の中で、資料を集めることから始めなければ何にも分かりません。温泉場には必ず温泉成分分析表ってのがあると知り、過去尋ねた温泉場を含め、温泉成分分析表を求めて、改めて温泉場周回の旅をすることになります。
温泉成分の研究で、全国を貧乏視察する
週末になると2名の社員と作戦会議をもち、其々が担当する温泉場と各々のテーマの確認をしました。最も重要なテーマは、温泉成分分析表と浴場内のスケールを持ち帰ることです。
其々が小袋の中に、溶剤、マイナスドライバー、カッターナイフ等を忍ばせ各地へ出向きました。貧乏会社故に、ホテル旅館なんぞに宿泊する経費は出せません。其々が車に毛布を積み込んでの旅ですよ。確か5週間程続けましたっけ。
さすがに北海道まではよう行きませんでしたが、各地の温泉に浸かりながら旅でしたから、キツカッタけど結構楽しんで来ました。
収集したスケールには、個々に日付、温泉場名、採集箇所、を明記し、保管・・・。私を含め各担当者の情報コメントを一覧表にまとめた結果・・・。
ありましたよ。雲仙の温泉場と同じ内容のデータが5・6件ありました。改めて担当者に話を聞くと、「溶剤が全く反応しなくて、滑りも止まらなかった。これがその温泉場のスケールです。」
集めた温泉成分分析表のほとんどは、温泉場に掲示されていた成分表をメモに写し取ったものでしたが、十分これからの作業に役立つものでした。地方の友人、2つ年上の兄も随分協力してくれたりして、予定以上のスケールと温泉成分分析表を集める事が出来ました。感謝。
温泉分析表をまとめ、比較する地味な毎日
其々の温泉成分分析表を一覧表にまとめ、成分毎に比較していく地味な作業を繰り返しました。テーマは2通り。
- 滑りが止まった温泉場、感覚的にややグリップが甘い?が止まった温泉場、全く止まらなかった温泉場の3つに層別し、成分を比較
- スケールは目立たないが、滑りが止まらない、逆にスケールは目立つが滑りは止まる温泉場の其々の成分の比較分析。
温泉というテーマが、大阪セーフティの運命を動かす
セーフティ流?温泉成分含有量における施工方程式が誕生するまで、約1ヶ月の時間を要しました。
滑り止め・・・展示会ブースで見た、たった1枚の磁器タイルの不思議さに魅入られて、ある意味で、安易な気持ちで始めたのかも知れません。
まさか15年もの間、1枚のタイルの魔力に獲りつかれてしまうとは努々思わなかった私ですが、この温泉場での出来事が、以降の滑り止めに大きな関わりをもつ事になります。
滑り止めを阻害する要因が見えてきた
温泉成分分析表の層別分析を続けて行く途上で、滑り止めを阻害する要因が見えてきました。
非解離成分であるメタケイ酸、メタ亜ヒ酸、メタホウ酸、この3つの成分含有量の多い温泉ほど滑りが止まりにくいという分析結果が表れてきました。
ちなみに溶剤が全く反応せず、手も足も出なかった雲仙の温泉場の非解離成分の含有量は、分析量の23%強を示していました。極論を言えば、35%の強塩酸を用いても反応泡の1つも出ないレベルなんです。
当時、さほど知見のない私に大きな壁が立ちはだかりました。困った時の人頼みとでも言いましょうか、名古屋の友人であるA社の藤田社長に相談をし、学者、研究者レベルの情報を求めました。
意外だったのは、この分野の研究者が極端に少ないことです。幸いにも彼の知人の中に、温泉スケールの研究をして40年と云う研究者がいるってことで、その方を紹介してくれました。
その後、紹介してもらった研究者の方と30分ほど電話でやり取りしたと思いますが、その研究者もいまだに結果を見出せない状況であることを知らされました。
分解できない成分を、分解できないものを考えるパラドックス
また、茨の道を歩くことになりました。が、研究者の話が以降の私の研究開発に大いに役立ったことは言うまでもありません。6年後、かの思い出の地、雲仙の温泉場において、あの怪しい「オッサン」が現れてゴソゴソと、今度は滑り止めに成功したみたいです。
要は分解できないものは出来ないと考え、非解離成分に多分に結合している他の解離成分を、いかに非解離成分と分離させるかに成功のヒントがありました。・・・でもね、相当時間掛かるんよねこれが。
1つクリアすれば、また1つと、次から次に立ちはだかる壁が波のように押し寄せてきます。押し寄せる波と戯れているうちに、いつの間にか15年、なんや知らんうちに引き出しだけは沢山出来たようですが・・・。
手前味噌的になっておこがましいのですが、もしもこのノウハウのたくさん詰まった引き出しを、現在、また今後、業者として滑り止めに関わっていく多くの仲間達と共有する事が出来れば、足元の安全安心を求めるお客様に、より良いアドバイス、幅の広いサポートが提供できると思うのですがね。
滑り止めは精密機械ではありませんので、エンジニア的専門家は不要です。必要なのは経験と守り抜く知恵です。ケミカル分野は別世界ではありますが、溶剤を使用する者としての一般的な知識とメーカーとの連携は必要です。
経験と伴う知恵は長い年数を要します。それ故に、酸いも甘いも多分に経験している者を利用すれば、合理的ですよね。私はそう思っています。